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2018.10.11

七五三の話

「成人」の年齢や根拠は時代によって様々に変遷しています。
たとえば縄文時代には十代半ばに健康な歯を抜いたり削ったりして、成人のしるしとしていたようです。
しかし痛みや恐怖に「耐える」ことが一人前の証であったのは、原始社会でのこと。 幸いにも私たちは凄惨な儀式を経ずに「大人」になってしまいます。


 

七五三は大人社会への参入を宣言する通過儀礼です。
年齢が固定した年中行事となったのは江戸の町においてで、古くは11歳~17歳頃に行なわれた「元服」の儀式にまとめて行なわれていました。 宮尾登美子さんの『平家物語』を読んでいると、平清盛11歳の元服の話が出てきます。
その時とても重要視されているのが烏帽子親(えぼしおや)です。元服に際して初めて烏帽子をかぶるのですが、
その世話をする烏帽子親にはなるべく高位の者が選ばれ、後見人つまり社会的な親として当人を庇護する立場となるのです。
  その時代の元服では烏帽子(冠)をかぶる他に、鎧を着け垂らした髪を結います。
その習わしは江戸の七五三に残ります。
七五三のもとは、三歳時の「髪置き」(剃っていた髪を伸ばし始め、長寿を祈って白髪に見立てた綿帽子を頭にのせる)、
五歳時の「袴着」(大人の衣服である袴をつけ冠や烏帽子をかぶる)、
七歳時の「帯解き」(子供用の着け帯をはずす)といった儀式であり、それぞれに髪置親、袴親(冠親)、帯親という後見人がいたのです。
こうしてみると大人たちみんなで、世の中の大切なものとして子供を育てていた様子がうかがわれます。


もともと子供は神の領分の存在とされ(それは生存率が低かったこととも関係があるのでしょうが)、このような儀式を経ることで無事の成長を祝い人間の領分に迎え入れたのです。
「通りゃんせ」にある「七つのお祝い」は、氏神に認められ「氏子入り」が許される、子供にとっては「人間」となる最後の関門でもあったのでしょう。


 

研究者によると、赤ちゃんはあらゆる言語環境に対応できる能力を持って生まれてくるそうです。
生後の環境に合わせて不要な能力は消えてしまうのです。
ああもったいない…いえいえ、そういうことではなくて、成長にはそういう側面も常にあるということなのでしょう。